2016年03月23日
途端に生々しく
柔らかな春の日差しが障子越しに五三郎と幸に降り注ぐ。その温もりに気が付き五三郎は重い瞼を開けた。外の明るさからすると既に朝五ツは過ぎ、五ツ半に近い刻限だろう。
「・・・・・・寝過ごしたか」
初夜の興奮もあり、昨日はかなり遅くまで起きていた。夜八ツの鐘が遠くから聞こえてくるのは覚えているから、少なくとも寝たのはそれ以後――――――明け方近くの筈だ。幸い出席者の仕事の関係上、五三郎と幸の婚礼は夜に限られているし、稽古へ参加も免除されているから多少の寝坊は全く問題ないが、さすがに気恥ずかしい。
そんな五三郎の気恥ずかしさを知ってか知らずか、彼の横にはまだぐっすりと寝入っている幸がいた。春とはいえまだ肌寒かったのか、一糸まとわぬ姿のまま五三郎にピッタリと寄り添っている。その寝顔はまるで幼い子供のようにあどけない。
「昨日の晩はちょっと無理をさせちまったからな」
すっかり崩れてしまった高島田を撫でながら五三郎は幸の顔を覗き込む。その気配に気がついたのか、幸の瞼がゆっくりと開いた。
「あ・・・・・・兄様?お早うございます」
まだ寝ぼけているのか、幸の口調はろれつが回らず舌足らずだ。そんな幸の鼻先を軽くつまみながら、五三郎は幸に軽く注意を促す。
「兄様、じゃねぇだろ?旦那様はどうした、旦那様は?」
相変わらずの『兄様』呼びに軽く不満を顕にする五三郎に、幸は笑顔で答えた。
「あれ?二人のときは兄様でもいいって言いませんでしたっけ」
クスクスと笑う幸につられ、五三郎も笑みを浮かべながら幸の頬をつつく。
「まったく躾に失敗したぜ。それよりそろそろ起きれるか?流石に腹が減ってきた」
「そうですね。じゃあ兄様、じゃない旦那様は先に食べていてください。私はちょっと髪を整えてからじゃないと」
昨日の情事ですっかり崩れてしまった髪に手を当てつつ、幸は五三郎に頼む。それを見て、五三郎も思わず頷いた。確かにこの崩れ方では客人や門弟どころか使用人の前にも出ることは出来ない。
「確かにな。じゃあ先に食ってるから。ああ、それと」
五三郎は起き上がろうとした幸を胸に引き寄せる、耳許に唇を寄せた。
「後朝の歌を言いそびれるところだった。こんな日くらいは雅な真似をしても構わねぇだろ。尤も本当は百句目の句にするはずだったんだけど」
そんな言い訳をしながら五三郎が後朝の歌を――――――『水引を添えて持ち込む花ごころ撫でては思う床の生け筒』の歌を耳許で囁いた。その瞬間、幸の顔が真っ赤に染まる。
「あ、兄様のすけべ!!そんな歌、おおっぴらに出来ないじゃないですか!何で上の句で終わりにしてくれなかったんですか!」
上の句だけなら愛らしくも初々しい一句である。しかし下の句によって途端に生々しくなってしまったのだ。幸が文句をいうのも無理は無い。だが作った本人は平然としている。
「仕方ねぇだろ。他に思いつかねぇんだからよ。これでも控えめな方だぜ。何ならもっと露骨な方が・・・・・・」
「もう知りません!兄様のバカ!!」
幸は五三郎の腕からぬけ出すと、脱ぎ捨てた寝巻きを羽織り、そそくさと風呂へと立ち去ってしまった。
Posted by ゃぬのね at 18:58│Comments(0)
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